2015年6月27日土曜日

動作停止したHDDからデータを救え ~素人によるHDD修理~ 後篇

記録磁気への波紋疾走

タスクは購える縄の如し

前篇に続き、素人によるダメ元のHDD修理を実践することにした。この記録が、いつか誰かが同じことをする際に役に立てば幸いである。

まずは必要な物を購入する。

電機に関することで何かを始めるのなら、秋葉原で相談するのが最も早い。千石電商本店で相談したところ、快くアドバイスしていただいた。ハンダごて、細目のハンダ、ハンダ吸い取り線、ハンダごて台を購入。全て合わせて2,500円くらい。

工具一式


分解に使う星型レンチも同時に購入。HDDのネジのサイズを確認していなかったので、何種類も入っているタイプに決定した。値段の割にしっかりとした作りだった。

星形ネジ用レンチ


一番重要なHDDは、壊れたものと同じモデルをAmazonで見つけたので購入。古いモデルなので、発見できたのはラッキーだった。中古で9,800円、送料無料。3TBのHDDが9,000円も出せば買える時代であることは、一旦忘れることにした。
 

届いた品を見てみると、確かに型式は同じなのだが、故障した方が中国製であるのに対して、新しい方はタイ製であり、よく見ると基板の形状も若干異なっている……。

左が購入したHDD 右が故障したHDD


若干嫌な予感がするが、ここまで来たら後には引けない。いざ分解である。



HIBANA

まずは故障した方を星型レンチ(T6サイズ)でパカッとな。

驚愕である。ここまでわかりやすい原因があるとは思わなかった。なんと電源端子に近いところの基板の一部が焦げているではないか。

素子が潰れるようにして焦げている


基盤と本体の間に挟まれていたスポンジも焦げている。こんな身近なところで知らぬ間に火花が出ていたとは考えただけで恐ろしい。


当該の素子に当たっていた部分が焦げている


しかしこれは朗報でもある。HDDが動かない原因が基板にあれば、今回の対応は有効ということになる。もちろんディスクも同時に壊れていなければ、だが。


小さきモノへ

いよいよ不揮発性メモリの交換に挑む。まずは素子が犇めく基板の上から、目的のブツを見つけ出さなくてはならない。片っ端から豆のような素子に書かれた文字列を検索すると、思いの外簡単に見つかった。

故障したHDDに付いていたのはSANYOの「LE25FU406B 4M-bit (512K×8) Serial Flash Memory」、新しい方に付いているのはWinbond社の「25X40ALS32 Serial Flash Memory With 4KB Sectors And Dual I/O SPI」。

不揮発性メモリ


いずれもMemory(メモリ)という名前だから間違いなさそうだ。故障した方も新しい方も、同じ位置にメモリが付いている。基板の形は若干異なるが、両者に基本的な設計には違いが無さそうだ。同じ型式のHDDなのだから当たり前か?

メーカーが違うが、2つのメモリは縦4.4mm×横5.2mmの長方形でサイズは同じだった。規格が定められているのだろうか?

だが想定外に小さい。小さすぎる。初めてのハンダ付けでこの素子を相手にするのは難しいかもしれない……。

1mmの太さもない脚が8本あり、それぞれが基板にハンダ付けされている。これを外すだけでも酷い苦労が予想される。この時は面倒くさくて投げ出したいという欲求しか感じなかった。

なにしろ、1.故障した基板からメモリを取り外し、2.新しい方の基板からも取り外し、3.新しい方の基板に故障した基板のメモリを取り付ける、という3作業が待っている。想像しただけで気が遠くなりそうだ。


理解力、記憶力、ハンダ力の低下

1mm間違えればアウトいう精密さを、初めてのハンダ付け作業で要求される人がいるだろうか。ハンダごてを持つ手は終始震え続けているし、目は痛いほど乾いていくし、熱くなったハンダごてから立ち上る臭いに頭が痛くなる。

ああ、ハンダの神よ。無謀に挑んだ愚かな私を許したまえ。来世は幼少期からハンダ付け作業に慣れ親しむ人生でありますように。母なるハンダよ、讃えよハンダを……。――頭の中を占めるのは素子の星々とハンダの海である。

結局、試行錯誤の末になんとか最初の端子を外すことに成功する。所要時間は約1時間。ちなみに8箇所の端子で設置されている素子を外すテクニックについては、下の動画が参考になった。なお動画では約30秒で外している。


右側を溶かしている間に左側が固まり、左側を溶かしている間に右側が固まり、総計20回くらい試して漸く成功した。何度もハンダごてを当てていたので、熱で基板や素子がダメになるのではないかと非常に不安だった。

作業の様子

外した素子を改めて見てみると、やはり小さい。よく外せたものだ。まだ何も解決していないが、既にものすごい達成感が私の胸を満たしていた。もうこのまま寝てしまいたい。いい夢が見れそうだ。

100円玉硬貨とのサイズ比較



Generals order their solders to...

2つ目の素子の取り外しは、最初の取り外し経験を踏まえてトライした結果、大幅な時間の短縮に成功する。所要時間約20分。急速な成長である。慌てなければどうということはない。

いよいよ最大にして最後の関門、基板への素子の取り付けである。これさえ終えれば作業は終了。まずは素子および基板に付いている余計なハンダを、ハンダ吸い取り線でクリーニングしておく。

取り付け作業は、取り外しとは比べ物にならないほど苦痛な作業だった。素子の脚と脚の間隔が1mmもなく、ハンダを盛りすぎれば即ショートである。結局これも数十回やりなおすことになる。

何しろ細かい作業で、左右上下のズレは許されないし、素子の配置が1°傾いただけでも台無しである。何度やってもズレる、傾く、はみ出す。素子とハンダが悪意を持って動いているようにしか思えない。

休憩を含め2時間ほど戦い、なんとか見た目には正しく設置されているような状態になった。なんだかハンダが汚いが、初めての作業としては上等だろう。尤も、HDDが動かなければ苦労は水の泡なのだが。

いよいよHDDに電源を入れ、PCと接続してみることにする。結果はともあれ、最善は尽くした。これで捨てたとしてもデータ達は私を恨むまい……。

※本来であれば、ハンダ付けのあとは「テスター」という機器で通電確認をする必要がある。筆者は調査不足でそんなチェックを知らなかったため、見た目だけで設置が上手くいったと判断しているが、外見は全く当てにならない。ハンダ付けに挑戦する際はテスターの購入もお忘れなく。


円盤のトレース

線と線をつなげてこ

メモリを入れ替えた基板をデータの入っているHDDに取り付け直し、いよいよ動作を検証する。Serial ATAとUSBの変換を用いて、PCに接続してみる。

USB変換を用いてPCに接続

変換からHDDに電源を入れてみると、なんと聞き覚えのある駆動音が聞こえるではないか!まずは完全な沈黙状態は解消されたことになる。興奮冷めやらぬままUSBケーブルをPCに挿し込む。

緊張の一瞬……果たして……!

認識されている

……ある!あるぞ!!認識されてる!!!うおおおおおおおおお!!!!!


思わず雄叫びを上げてしまった(深夜3時)。


中のデータも残っているようだが、ちゃんとアクセスできるだろうか……!?

データも無事そうである

残っている!!!イヤッフーーーーーーーーーー!!!!!!!


確認後、即刻データを全て別のHDDに移し替えた。またアクセスできなくなっては耐えられない。

ともあれ、初めての修理であるばかりか初めてのハンダ付けだったが、運良く大成功である。データが救い出せたこともさることながら、作業が成功したことが嬉しかった。


バックアップだ!

今回は運良く直すことができたが、こんな幸運はそうあるものではない。HDDは壊れるもので、また、直すことのできないものであるという前提を忘れてはならない。

その前提に基づいて、重要なデータは正しくバックアップを行うべきである。片方の機器が壊れても、もう片方にデータが残っている状態を保たなければ、後悔した時には遅いということになる。

何だかんだで作業を楽しんでしまったが、もう一度やりたいかと言われれば答えは全力でNOである。あんな苦しい時間は絶対に味わいたくない。身に沁みてバックアップの重要性を再確認させられた出来事であった。

手持ちの機器だけでのバックアップには限界があるので、データをオンライン上に保管しておくクラウド・ストレージについても利用を検討し始めた。後悔しないうちに利用を開始したいものだ。


くれぐれも大切なデータのバックアップはお忘れなく!

(完)

2015年6月21日日曜日

動作停止したHDDからデータを救え ~素人によるHDD修理~ 前編

ハードブレイク・ホテル

僕の記憶が全て消えても

誰もがPCやスマートフォンを使い、意識することなく大量のデータを保持している。この文章を見ている機器にも沢山のデータが存在していよう。

しかし、壊れない機械など存在しないし、電子データはちょっとした誤操作やエラーでも損なわれる可能性があることを忘れてはならない。デバイスを持っている全ての人が、大切なデータが消失する危険と隣り合わせなのだ。

ところで、女の子の「連絡先データが消えたから連絡できなかった」は大抵の場合ウソらしいので、言われた場合はデータ消失の原因を心配するより発言の理由を分析した方が良いかもしれない。

データ消失についての警告が世に溢れているにも関わらず、十分な防衛を行っている人は少ないのではないか。例えばスマートフォンのOSをアップデートした際にデータ消失を経験した人が、再発を防ぐために何らかの具体的な対策をとっているだろうか。

ちなみに私は電子データのリスクもバックアップの重要性も理解しているし、大切なデータは二重にする等の対策も欠かさない。ハードウェアの故障は避けられないとしても、完全なデータ消失とは無縁である。
バックアップ:同じデータを2つ以上の別の機器やメディア上に保存しておくこと。



そう思っていた。


オブスタークルは突然に

先日、外付けドライブの資料を取り出そうと思ったところ、当該のドライブが全く表示されないではないか。おかしいと思ってPCやドライブの再起動、USBケーブルの抜き差しを繰り返してみたが、状況は変わらない。

I-O DATA社製 HDCR-U2.0EK

何回電源を入れなおしても、中のモーターが駆動している音がしない。回転すべき中のディスクが回転していないのだ。完全に沈黙である。これではコンピューターから認識されないのも納得だ。

どうやら故障してしまったようだ。5年以上使っているはずだから、そろそろ壊れるのも無理はない。メーカーの製品ページによると2011/6/29に生産終了となっている。大したものだ。

HDDは壊れてしまったものの、データはバックアップがあるから問題はない。そもそも外付けHDDはデータのバックアップ用に用意したのだから、元になったデータは別に残っているはずである。

しかし、いくら探しても必要なデータが見つからない。Windows標準の検索機能を駆使しつつ、総当りで探してみるが、あるはずのファイルが見つからない。冷や汗が止まらない。

結局、バックアップ用と言いながら、外付けHDDのみに保存していたファイルが、覚えている範囲だけでも相当数あることがわかった。5年前からの積み重ねだから、かなりの量になりそうだ。


認めなくてはならない。

どうやら私もデータ消失に対して具体的な対策をとっていない者の一人だったようだ。


悪用の教典

なんとかデータだけでも抽出できないものかとデータ復旧業者を検索してみると何社も見つかるのだが、どこでも料金は10万円程度かかり、成功するか否かは、やってみないとわからないという。

学生時代から約5年にわたって蓄積されたデータは惜しい。特に、学生時代の写真を失うことになってしまうのは痛い。

だが、どんな写真がどの程度の量で残っているかも覚えていない。更に確実に戻ってくるわけでもないものに10万円は高すぎる。

残念だが諦めて破棄するしかない。失うとなると惜しいだけで、実際には大したデータは残っていなかったかもしれない。そう思うことにしよう。さようならデータたち。


捨てるにあたって、もし個人情報が保存されていて、悪い人が拾ってデータを取り出したりしたら大変なことになるかもしれない。念のため、二度とデータを取り出すことができないよう破壊してから捨ててしまおうと考えた。

だがちょっと待ってほしい。


……データを取り出す?


データを取り出すことが出来なくて苦しんでいるのに、データを取り出されることを心配するとは何たる皮肉だろう。

そんな心配をするのなら、自分で「悪い人」のようにデータを取り出してしまえば良いではないか。逆に、そんな方法が存在しないのであれば心配する必要もないのである。


試合終了は諦めるか否かというより時間の問題

そもそもデータ復旧業者たちは、どうやって壊れたハードディスクからデータを取り出すのだろう。壊れたHDDからデータを取り出すための何らかの方法が存在しなければおかしい。何故その発想に最初に至らなかったのか。

業者達は、
1.一般人の持っていない道具を持っている。
2.一般人の持っていない技術を持っている。
のどちらかに該当するはずである。

道具は買えばいいし、技術は持っている友人を探して頼み込めばやってくれるかもしれない。いずれにせよ10万円も必要ないのであれば希望はある。

とりあえず「HDD 修理 方法」で検索してみると、情報は続々と出てくるし、どうやら道具も方法も大して難しいものではないことが分かってきた。どうせ一度は諦めたデータであるし、ダメ元で修理することに決めた。


思い出を直す男

復活の福音

HDDの修理法について解説しているWebページ「素人でもできるHDDの修理と復旧方法」によれば、HDDはディスク部分と基板部分から成り、基板部が故障しても、故障していない基板に交換してしまえば動く可能性があるという。(図1)

図1 基板の故障と交換

ただし、ただ基板を交換しただけでは「カンカン音が鳴って、PCからはHDDが認識されない」という。理由の説明を上記Webページから引用する。
本来HDDごとに工場で設定するヘッド位置の初期値が、回路基板を交換したため入れ替わってしまったためです。

ただしこの初期値は、回路基板上の不揮発性メモリー(NVRAM、フラッシュメモリーとも呼ばれます)に残っていますので、この不揮発性メモリーを新しい回路基板に移植してやれば、カンカン音も無くなり、ヘッドも自分の位置を正常に認識できるという訳です。
なるほど、わからん。

わからんが、とりあえずの理解は以下のとおり。

基板上にある不揮発性メモリに、ディスクに関する情報が記録されていて、その情報が一致することによってHDDは正しく作動する。(図2)

図2 ディスクと不揮発性メモリの関係


基板を他のHDDのものと交換した場合、不揮発性メモリの情報がディスクの情報と一致しなくなるため、正しく動作しない。(図3)

図3 基板を交換した際のメモリとディスクの情報齟齬


基板を交換した上で、元の基板から不揮発性メモリを移植すれば、ディスクは正しく動作する可能性がある。(図4)

図4 不揮発性メモリ移植による齟齬の解消


不揮発性メモリの交換にはハンダ付けの技術が必要らしく、それが最大の難所とも言える。何しろ私はハンダ付けの経験がない。

だが調べてみると、誰にでも覚えられる技術らしいし、手先はそれなりに器用な方なので、なんとかなるはずだ。試してみる価値はある。


(後篇に続く)

2014年10月4日土曜日

有名企業の課題図書 ~あの会社の社員は何を読まされているのか~ 後編

丸善日本橋店の試み

有名企業の課題図書

この記事は丸善日本橋店で行われた『有名企業の課題図書』と称したフェアで紹介されていた書籍を紹介する記事の3つ目である。

まず初めに前編を読むことをおすすめする。
前編はこちら
中編はこちら

紹介された業種

扱われていた業種は以下の通りである。
  1. 製造業
  2. サービス業界
  3. 電機業界
  4. 情報通信業界
  5. 金融業界
  6. 不動産業界
  7. 食品業界
  8. 小売業
  9. 流通業界
  10. 商社
  11. 製薬業界
  12. 医療機器業界
  13. 教育機関
  14. コンサルティング
  15. 各種業界
「○○業」と「○○業界」とで表記が分かれていることに意味があるのかどうか不明だが、丸善で紹介されていた通りの名前に従うものとする。


後編(この記事)では14.コンサルティングと15.各種業界を紹介する。


14.コンサルティング

コンサルティング業界の課題図書

仮説思考

ロジカル・シンキング―論理的な思考と構成のスキル



BCG戦略コンセプト

価格優位戦略

学習する組織



選ばれるプロフェッショナル

リーダーを育てる会社・つぶす会社

リーダーになる



情報を読む技術

究極の鍛錬

取締役物語



忙しいビジネスマンでも続けられる毎月5万円で7000万円つくる積立て投資術


感想

『仮説思考』は、前編で紹介した『見える化』と同様、タイトルが今やビジネス用語として定着した名著である。著者の内田和成氏は時々ニュース番組などに出演しており、見たことのある人は多いかもしれない。

何らかの問題を手早く解決するには、仮説すなわち一時的な答えを設定した上で、その仮説を検証するというプロセスが最も早い。一見当たり前のように思えるが、有効に実践している人は少ないと思われる。

『仮説思考』では「良い仮説」を立てるための方法論と、それを繰り返すことで得られる先見性に徹底してフォーカスしている。実例が多く載っているので、頭の良い人は概論部分だけ読めば理解できるかもしれない。

コンサルタントを始めとした課題解決に関わる社会人はもちろん、学生にも多く読まれているようだ。私も学生時代に周囲に薦められて読んだものだった。

続編として扱われる『論点思考』は、そもそも問題は何なのか、正しい問いの設定について扱っており、併せて読むことをおすすめする。ちなみに私には『論点思考』の方が面白いと感じられた。


『ロジカル・シンキング』は通称「銀色本」「灰色本」などと呼ばれ、論理的思考法に関する書籍としては真っ先に名前の上がるベストセラーである。ビジネス書を読むなら最初に薦められる本と言っても過言ではないだろう。

著者2人が戦略コンサルティングファーム(マッキンゼー・アンド・カンパニー)勤務で得た、あるいは創りだした知見をシンプルかつコンパクトにまとめてあり、ロジカル・シンキングの標準とも言える一冊である。

ただし具体例が少なく、模範解答も無いので、なかなか難しい本でもある。私は学生の時に読んでもよくわからず、社会人になって改めて読んでみて、初めて意味や価値を理解した内容が多かった。


15.各種業界

各種業界の課題図書

※書籍リスト紛失のため省略。発見次第更新予定。

感想

(省略)

終わりに

企業にとって課題図書とは

企業が社員に課題図書を設定するとき、そこにはどんな意味があるのだろうか。

資格取得などを推奨あるいは義務付けている場合は別だが、本を読ませるというのは客観的な尺度で社員の理解度や成長を確認するのは難しいトレーニングである。それでも多くの会社が課題図書を設定する。

例えば社員同士の意思疎通に用いる共通言語の獲得を期待されているのかもしれないし、そもそも課題図書に対してどのように接するかという態度や真面目さを試されているのかもしれない。

もしくは会社が社員に対して、課題図書に書かれている内容に同意するような社員を育成していきたい、課題図書に書かれた能力を身につけた社員になってほしいというアピールをすることが目的かもしれない。

上記で紹介した書籍や、あるいは自社の課題図書を「自分が人事部や経営者だとして、この本を社員に読ませる時どんな効果を期待するだろうか」という視点で読んでみると、単に読むだけより得られるものは多くなるだろう。

(完)

2014年9月6日土曜日

有名企業の課題図書 ~あの会社の社員は何を読まされているのか~ 中編

丸善日本橋店の試み

有名企業の課題図書

この記事は丸善日本橋店で行われた『有名企業の課題図書』と称したフェアで紹介されていた書籍を紹介する記事の2つ目である。

まず初めに前編を読むことをおすすめする。前編はこちら

紹介された業種

扱われていた業種は以下の通りである。
  1. 製造業
  2. サービス業界
  3. 電機業界
  4. 情報通信業界
  5. 金融業界
  6. 不動産業界
  7. 食品業界
  8. 小売業
  9. 流通業界
  10. 商社
  11. 製薬業界
  12. 医療機器業界
  13. 教育機関
  14. コンサルティング
  15. 各種業界
「○○業」と「○○業界」とで表記が分かれていることに意味があるのかどうか不明だが、丸善で紹介されていた通りの名前に従うものとする。


中編(この記事)では5.金融業界から13.教育機関までを紹介する。


5.金融業界

金融業界の課題図書

金融マンのための実践ファイナンス講座

金融マンのための実践デリバティブ講座

金融マンのための不動産ファイナンス講座

銀行・証券・保険リテール営業で今すぐ使える税金の本


金融英語入門

あたりまえだけどなかなかできない仕事のルール

ミス激減・業績UP!チームを思い通りに動かせるダンドリ上司術

7つの危険な兆候


トヨタの片付け

2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート

日本一を目指す物流会社のすごい社員勉強会

ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則


感想

銀行か証券会社か、はたまた保険会社か判断しかねるが、実務的なタイトルが並んでいる。新入社員よりは少し経験があり、部下もいるような年次の社員向けの書籍であることを思わせる。

『7つの危険な兆候』は企業における大きな舵取りの失敗に対し、経営者と組織がどう向き合うべきかを提示している。戦略が上手く機能しなかった場合の対策にシビアな視点でフォーカスしている名著である。

前編の4.情報通信業界で『ビジョナリー・カンパニー』を紹介したが、続編である『ビジョナリー・カンパニー2』も同じ理由でおすすめできない。先に『なぜビジネス書は間違うのか』を読むべきである。


6.不動産業界

不動産業界の課題図書

チームで最高の結果を出すマネジャーの習慣

マネジメント・テキスト 経営戦略入門

営業マンは「お願い」するな!

「時間がない」から、なんでもできる!

電話はなぜつながるのか


感想

硬派な経営戦略の教科書とライトな自己啓発本の組み合わせで、いまいち対象が想像できない。『電話はなぜつながるのか』が課題図書であるというのは、不動産業では固定電話の仕組みについて知っておく必要があるということだろうか。


7.食品業界

食品業界の課題図書

洋菓子の経営学―「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略

ディープ・チェンジ 組織変革のための自己変革

誰でもアッという間に不思議なくらい商品が売れる販売員の法則

中内功のかばん持ち


感想

販売員に関する本や、中内功のことを取り上げていることを考えると、食品を製造するだけでなく流通まで自社で行っている会社だろうか。個人的にはあまり惹かれる本がなかった。

中内功とはダイエーの創業者で、日本の流通革命と価格破壊に大きく貢献した人物である。戦後から消費者に安く商品を届けることを信念にし続け、松下幸之助とは価格に対する考え方の違いで対立し続けたという。ダイエーの経営から引退する際の「人生に楽しいことは何もなかった」という言葉が有名である。


8.小売業

小売業の課題図書

戦略読書日記 〈本質を抉りだす思考のセンス〉

安売りしない会社はどこで努力しているのか?

社長のノート3 利益を出せる人 出せない人

「先延ばし」にしない技術

手紙を極める


感想

手紙の書き方であるとか、安売りしない姿勢であるとか、高級百貨店が読ませていそうなセレクトである。

『戦略読書日記』は前編の2.サービス業で紹介した『ストーリーとしての経営戦略』と同じ著者が書いている。
内容としては企業戦略本(一部直接関係ないものもある)への書評であり、紹介されている本は『ストーリーとしての経営戦略』と関連しているため、単独で読むよりは、併せて読むと理解が深まるかもしれない。


9.流通業界

流通業界の課題図書

無印良品は、仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい

コクヨ式 机まわりの「整え方」 社内で実践している「ひらめきを生む」3つのコツ


感想

いずれも流通業ではない会社に関する本である。

株式会社良品計画は2010年以降、利益率を伸ばしながら売上を34%増加させており、またコクヨ株式会社も同じ時期に利益率を劇的に改善しつつ売上を増加させている。

良品計画もコクヨも、現場の生産性改善に強くフォーカスする会社だと言われており、特に良品計画は現場の声を重視したマニュアルを売上増加の要因に挙げるほどである。

このような背景から、現場のオペレーションが重要な流通業の会社が、上の2冊に参考にすべき点があると考えるのは自然なことかもしれない。


10.商社

商社の課題図書

営業マンは「商品」を売るな!

ロジカル・プレゼンテーション


感想

営業にフォーカスした書籍だろうか。商社では担当する商品によって習得すべき知識がそれぞれ異なるはずであるから、共通化できる部分としてこの2冊が挙げられているのかもしれない。


11.製薬業界

製薬業界の課題図書

論理的な考え方が面白いほど身につく本

決算書の読み方が面白いほどわかる本


感想

一般的なハウツー本が2冊で、あまり読書による自主学習に期待していないことが伺える。


12.医療機器業界

医療機器業界の課題図書

給料が上がる人、上がらない人のたった一つの違い


感想

「こういう社員の給与は上げる、そうでなければ上げない」という姿勢を提示する極めてストレートな課題図書である。ブラックボックス化しがちな人事評価制度を、参考とは言え会社側が明らかにしているのは素晴らしいことではないか。


13.教育機関

教育機関の課題図書

「管理職」のための七つの道具術

ひと目でわかる英文契約書

グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略

プラットフォームビジネス最前線

オープン&クローズ戦略


感想

具体的な企業戦略の書籍が並び、経営や企画に関わる社員向けのセレクトであろうことがわかる。

『プラットフォームビジネス最前線』は、成功したプラットフォームビジネスを纏めて紹介しており、具体的事例から概要を掴みたい人にはおすすめできる。ただ、事例から一般化された理論や方法論の記述はあまりないため、既にプラットフォームビジネスについて詳しい人にとっては、あまり意味がないかもしれない。



(後編に続く)

2014年9月5日金曜日

有名企業の課題図書 ~あの会社の社員は何を読まされているのか~ 前編

丸善日本橋店の試み

有名企業の課題図書

丸善の日本橋店2階で、『有名企業の課題図書』と称したフェアが開催されていた。業種ごとに課題図書としている書籍が並べられているだけの展示だが、他社の社員教育の一端に触れることができ、非常に興味深い。

このフェアは丸善日本橋店で2014年8月31日まで開催されていた。

調査方法は明らかではないし、社名は伏せてあるばかりか、業種の設定区分も想像する他ないが、何らかの実際の会社(丸善曰く「有名企業」)の課題図書であったことは事実だろう。

思わず書名をメモしてしまったので、公開したいと思う。興味を持った方は是非、(フェアは終わっているが)丸善日本橋店へ足を運んでみてほしい。

なお、書籍の数が多いため、3分割して投稿する予定である。

紹介された業種

扱われていた業種は以下の通りである。
  1. 製造業
  2. サービス業界
  3. 電機業界
  4. 情報通信業界
  5. 金融業界
  6. 不動産業界
  7. 食品業界
  8. 小売業
  9. 流通業界
  10. 商社
  11. 製薬業界
  12. 医療機器業界
  13. 教育機関
  14. コンサルティング
  15. 各種業界
「○○業」と「○○業界」とで表記が分かれていることに意味があるのかどうか不明だが、丸善で紹介されていた通りの名前に従うものとする。


前編(この記事)では1.製造業から4.情報通信業界までを紹介する。


1.製造業

製造業の課題図書

見える化-強い企業をつくる「見える」仕組み

現場力を鍛える-「強い現場」をつくる7つの条件



2052 今後40年のグローバル予測

ディズニーの現場力

勝つ組織




最新版〈入門の入門〉経営のしくみ

成功と失敗の事例に学ぶ 戦略ケースの教科書

知識創造企業



誰でもすぐにできる 売上が上がるキャッチコピーの作り方

プロフェッショナル電話力 話し方・聞き方講座

凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク



感想

製造業と書くだけでは領域が広すぎる気がするが、「電機業界」「食品業界」が区別されているため、対象は素材や部品メーカーやプラントメーカーなどだろうか?

『見える化』は世に出てから10年が経とうというしているにも関わらず、未だにビジネスマン必携の書として名が挙がり続ける遠藤功の傑作である。
「見える化」という語は今や自然に使われる語になり、この書のことを意識せずに使われることも多くなってきた。この書の影響力が伺える。
課題図書に設定されるまでもなく、上司や先輩などに薦められて手にする人も多い本ではないか。『現場力を鍛える』『ねばちっこい経営』と併せて読むことをおすすめする。

課題図書の調査対象が何社あったのかは分からないが、いずれも新入社員向けの課題図書なのではないかと思われる。だが、それが正しいとすると、製造業の会社が新入社員に対して経営そのものに関する書籍を3冊も読ませるというのは少し意外である。
今やどんな会社でも社員に経営的視点を要求しているということだろうか。コンサルティング会社には様々な企業から「社内の選抜メンバー向けのマネジメントや戦略に関する講座」の依頼が舞い込んでくるが、この課題図書もそうした活動の一貫だということか。

『戦略ケースの教科書』は、新人コンサルタントの中でよく話題に上がる書籍である。所謂フレームワークに強引に結びつけている感は否めないが、戦略の変遷や数字の変化などを細かく調べてあり、課題と効果に対する目の付け所を教えてくれる。


2.サービス業

サービス業の課題図書

究極のセールスレター

究極のマーケティングプラン

ある広告人の告白

「売る」広告



アメーバ経営

ストーリーとしての競争戦略

イノベーションの本質

ロジカル・セリング



NLPのことがよくわかり使える本

さあ、才能に目覚めよう

目標を「達成する人」と「達成しない人」の習慣

新幹線 お掃除の天使たち



感想

これもまた「サービス業」では領域が広すぎて全く会社の想像が付かない。

広告関連の書籍が目立ち、またセールス系の書籍が複数あったり、カウンセリングに使われるNLP(神経言語プログラミング)の書籍もあったり、営業色の強いセレクトであることは疑いがない。

この中で読んだことがあるのは『ストーリーとしての競争戦略』のみだった。競合他社との戦い方に興味はあるが、戦略というものが何なのか全く分からないという人に薦められる、比較的ライトな読み物系の戦略本である。


3.電機業界

電機業界の課題図書

役員の法律知識がよくわかる!取締役になったら「初めに」読む本

中期経営計画の立て方・使い方

プロジェクトコスト見積もり入門



感想

見るからに管理職や役員になった人向けのセレクトである。残念ながら私は取締役ではないし、プロジェクトコストの見積もりは手伝ったことがある程度、中経の設定など関わったこともなく、何より上のいずれも読んでいないのでコメントは差し控える。


4.情報通信業界

情報通信業界の課題図書

PDCAが面白いほどできる本

一日も早く起業したい人が「やっておくべきこと・知っておくべきこと」

残業ゼロ!仕事が3倍速くなるダンドリ仕事術

絶妙な「報・連・相」の技術



自分の小さな「箱」から脱出する方法

僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話

月曜日の朝からやる気になる働き方

社員を大切にする会社 ―― 5万人と歩んだ企業変革のストーリー



給与計算の事務がしっかりできる本

「情報管理」に強くなる法務戦略

電力と震災 東北「復興」電力物語

ビジョナリー・カンパニー



感想

仕事術、仕事との向き合い方などの本が並び、また比較的ライトなものが多いことから、新入社員向けのセレクトであることが伺える。

『電力と震災 東北「復興」電力物語』が若干浮いているように見えるが、通信業界といえばSoftBankやKDDIが電力市場に参入しているので、自社の新規事業に目を向けさせるための選択ではないかと推測される。

『ビジョナリー・カンパニー』は、おすすめできない。取り扱う内容が意図的に限定されている上、楽観的すぎる。もし気になるのであれば、まず『なぜビジネス書は間違うのか』を読むことを強く薦めたい。



(中編に続く)

2014年4月9日水曜日

【Excel Tips】 もう二度と使うな!VLOOKUP撲滅キャンペーン

我が憎しみのVLOOKUP

VLOOKUP関数の呪縛

下のような表(図1-1)が与えられている。連番、書籍のタイトル、ISBNコード、著者と訳者のリストである。B12に入力された数字(連番)に対応するタイトルをD12に表示するように関数を組み込みなさいと言われたら、どうすれば良いだろうか。
図1-1

このような場合に頻繁に用いられるのがVLOOKUP関数だ。下の例のように範囲をA2:B10、検索値B12セル、列番号に範囲の相対的な位置を設定して利用する(図1-2)。
図1-2
 [検索方法]は、検索対象が文字列の場合、原則FALSEにしておけば良い。

結果は下のようになる。
図1-3

範囲A2:B10の最も左の列(A列)から、検索値に一致するセルを検索し(A4セル)、該当の行の2列目(B列)の値を表示している(図1-3)。

自由無き関数はただ地に転がる石ころのごとく

しかし、VLOOKUP関数は、範囲の一番左の列しか検査できないため、使える状況は著しく限定されている。求めたい値を含む列の左側に検査の対象がある場合、VLOOKUP関数は使うことができない。

上と同じ表を用いて、今度はNo.ではなくISBNからタイトルを特定することを考える(図2-1)。VLOOKUP関数を用いて、B12セルに入力されたISBNに対応する書籍のタイトルをD12セルに表示したい。
図2-1

ISBNはC列、タイトルがB列だから、検査の対象の列が、範囲B2:C10の一番左の列ではない。そのためVLOOKUP関数はC列を検査の対象にできず、B列から値を探そうとするため、N/Aエラーが発生する(図2-2)。
図2-2

そもそも列番号に入力すべき値を指定することができない。例えば無理に左側を指定しようとマイナスの値などを入力しても(図2-3)、VLOOKUP関数が検査するのはあくまでB列であるから、エラーが返される。
図2-3

VLOOKUP関数を使う時は、列の並びに注意する必要がある。上の例では、ISBN列とタイトル列を入れ替えなければならない。簡単な表ならまだしも、複雑な関数を利用しているシートでは関連するセルを全て直さねばならず、非常に不便である。

VLOOKUPの上位互換

たったひとつの冴えたやりかた

下の例のように、INDEX関数とMATCH関数の組み合わせ(図3-1)こそが、VLOOKUP関数の有効な代替になる。そしてその利用の喚起こそが、この投稿の主目的である。
図3-1

これを利用した場合、元のデータを加工することなく、上述の目的は達成できる(図3-2)。
図3-2

以下ではINDEX関数とMATCH関数の、それぞれの挙動について確認した後、組み合わせた用法について詳細を解説し、その有用性を詳らかにしたい。

とある技術のINDEX

INDEX関数は、引数に指定した複数セルの塊(配列)の中で、左上隅を原点とした相対的な位置によってセルを特定し、その内容を返す関数である。

下の例では、配列A2:E10の中で、6行目・4列目のセルを探し、その内容を返すことになる(図4-1)。
図4-1

指定された配列A2:E10の中で6行目・4列目のセルの内容は“シュムペーター”であり、狙い通りの値が返されていることがわかる(図4-2)。
図4-2
以上がINDEX関数の最も基本的な機能である。INDEX関数を使う上では、これだけ知っておけばまず問題はない。

MATCH売りの少女

MATCH関数は特定の列を検査範囲に指定すると、検査値(セルでも文字列でも可)と一致する相対行数を返す。

下の例では、B列の2~10行を対象に、文字列“贈与論”が存在するセルの相対行数を返すことになる(図5-1)。
図5-2
[照合の種類]には、検査値が文字列である場合は0を指定しておけば良い。

“贈与論”が入力されているB6セルは、検査範囲B2:B10の中で、上から5番目のセルであるから、5が返される(図5-3)。
図5-3

以上がMATCH関数の最も基本的な機能である。この他にも、検査範囲を列ではなく行にできたり、検査値が数字の場合に最も近い数字を含むセルの位置を返したり、などの使い途があるが、ここでは説明しない。

ふたつならヤレルヤ

INDEX関数もMATCH関数も、単独では非常に地味な関数だが、この2つを組み合わせると、極めて使い勝手の良い関数に変貌する。

両者の挙動を踏まえた上で、冒頭の組み合わせた関数を再度見てみたい(図6-1)。まずMATCH関数が、B12セルに入力されている文字列を含むセルを、C列から探し、その行数を返す(この場合は6)。
図6-1

それを受けてINDEX関数が、配列B2:C10の中で、6行目・1列目のセルを特定し、その値である“租税国家の危機”が返される(図6-2)。B12セルに入力されたISBNに対応する書籍のタイトルを表示することに成功している。
図6-2

同じ表を使って、もう一例試してみたい。次は訳者(E列)から、対応するタイトル(B列)の値を求めることにする。

INDEX関数の引数として配列B2:E10を指定し、タイトルは最も左側の列にあるから、列番号には1を指定する。また、MATCH関数の引数には、訳者の含まれるE2:E10を検査範囲に指定し、検査値としてB12セルを指定しておく(図6-3)。
図6-3

MATCH関数が、文字列“日高 六郎”を含むセルの相対行数である4を返し、INDEX関数が配列の中で4行目・1列目の値である“自由からの逃走”を返し、望んだ結果になることがわかる(図6-4)。
図6-4

このように、VLOOKUP関数と違い、検索値と抽出したい行との関係は自由自在である。INDEX関数とMATCH関数を組み合わせた用法の有用性がおわかり頂けただろうか。

一見複雑に見えるが、順を追って理解すればVLOOKUP関数よりわかりやすく、2~3回も使ってみればセルに打ち込む時間も殆ど掛からなくなるはずだ。

MATCH一行 齟齬の元

INDEX関数とMATCH関数との組み合わせに限らず、複数の関数を組み合わせる際には、引数の範囲が噛み合っているかどうかについて、注意しておく必要がある。

MATCH関数が返す値も、INDEX関数の引数に設定するのも、その関数にとっての相対的な値であることを忘れてはならない。起こりがちな誤りは、MATCH関数とINDEX関数とで、異なる数の行を引数に設定してしまうことである。

下の例ではINDEX関数がB1:E10の10行を配列にしており、MATCH関数がE2:E10の9行を検査範囲にしている(図7-1)。そのため。例えばE5セルの相対行数が、INDEX関数にとっては5行目で、MATCH関数にとっては4行目ということになってしまう。
図7-1

MATCH関数は文字列“日高 六郎”が含まれるE5セルを見つけ、相対的な行数である4を返すため、INDEX関数は配列B1:E10の中から4行目・1列目、すなわちB4セルの値を返してしまい、正しい結果が得られない(図7-2)。
図7-2

上のようなズレを防ぐために、MATCH関数とINDEX関数の変数に、列そのものを指定してしまうと良い。下ではMATCH関数の検査範囲として、E列全てE:E)を指定している。また、INDEX関数の配列として、A~E列の全て(A:E)を指定している(図8-1)。
図7-3

これにより、2つの関数の相対行数が確実に一致するので、齟齬が生じることはない。
図7-4

一般的にExcelで上のような一覧を作る場合、新たに行が追加されることを想定してシートを作成するはずである。今回は説明のために作成したが、図1-1から図7-2までのように、ある列に別の項目が登場してしまうようなシートは望ましくない。

本来であれば図7-3や図7-4のように、1列には1項目のみ(著者の行には著者のみ)存在するように作成すべきである。そうすれば、後から行の追加や挿入があったとしても、上で作成した関数は そのまま使うことができるし、その他の保守性も高まる。

さらばVLOOKUP

ソビエトロシアでは関数が人を使う

以上のように、柔軟な上位互換が存在するにも関わらず、非常に多くの人がその存在を知らず、使いにくいVLOOKUP関数を使い続けている。

そして今日も世界のどこかで「VLOOKUP関数は便利だ」と後輩に教える人がいて、また別のどこかでVLOOKUP関数のために列の入れ替え処理をしている人がいる。

果ては「VLOOKUP関数が使いやすいようにファイルを作れ」などという考え方まで標榜される始末である。まさしく人間が道具に使われる典型例ではないか。

関数のために働くのはもうやめよう。

こんな関数はもう要らないんだ

上位互換であるINDEX&MATCH関数が、VLOOKUP関数に劣る点があるとすれば、知名度が低いことである。同僚がこの関数を見た時、あなたが何をやっているのかわからないという事態は起こりうる。

これは複数人で作業する上では問題になる可能性があるが、VLOOKUP関数が忘れ去られ、INDEX関数とMATCH関数の組み合わせが一般的になってしまえば、誰もこの関数の挙動を疑問に思うまい。

上で解説したINDEX関数とMATCH関数の組み合わせは、調べればいくらでも出てくる情報である。使い方を紹介しているWebページは、日本語のものだけでも無数にある。

それでも敢えて、改めて紹介するエントリを作成したのは、VLOOKUP関数ではなくINDEX関数+MATCH関数を使おうという意見を、強く訴えたかったがためである。それこそVLOOKUP撲滅キャンペーンの第一歩である。

この思想が広く世に受け入れられることを切に望む。

VLOOKUP関数を使うのはもうやめよう。

2013年11月19日火曜日

お・も・て・な・しの本質と実現可能性

長い前置き

ANAの機内で流れる曲

先月まで出張で毎週のように飛行機を利用していた。航空会社に特に拘りは無いが、マイルを溜め易いという理由で全日空(ANA)を選択することがほとんどだ。
ふと気になって、ANAの機内で乗降時に流れている曲を調べてみた。どうやら葉加瀬太郎作曲の『Another Sky』という曲らしい。憂鬱な(?)月曜の朝の象徴のような曲だったが、改めて聴いてみると結構かっこいい。




ANAの高品位なサービス

曲を聴いていて、出張でANAの便に乗っていた時に、そのサービスが良いことに感動したのを思い出した。
学生時代は金銭的な都合でANAは使えなかった。国内なら新幹線どころか、夜行バスがほとんどだったし、国外に行く場合も格安航空券しか選択肢はなかった。
そんなわけでANAの便には仕事で初めて乗ったのだが、そのサービスのクオリティに驚き、学生時代に高すぎると感じていた価格にも、何となく納得していた。出張で払ってるのは自分のお金じゃないけど。


どんな“サービス”に感動したのか?

しかし、どんなサービスが良かったのかと説明しようとしても、具体的な事例が思いつかない。
トラブルに見舞われた時に客室乗務員が機転を利かせて助けてくれたというようなハートフルストーリーは一つもない。強いて言えば機内で朝食をガツガツ食べていた時に客室乗務員がおしぼりを渡してくれたことくらいか…。

とにかく、特殊なことがあったわけではなく、ただ予定通り搭乗して、予定通り到着して降りる、それだけだった。もちろん、それこそが航空会社が提供すべき「サービス」そのものだと言えばその通りなのだが、学生時代に利用していたような航空会社で遅延や欠航に見舞われたことは一度もない。つまり何かクオリティの差を感じる要因があったはずなのだが、それが見つけられないのである。


好印象≒良サービスという説

話が変わるが、先日、寒くなってきたのでヒートテックを買いに行った際、ユニクロの店員の対応の丁寧さに大変好感をもった。
レジに並んで会計を済ませるという、たったそれだけの接触で、「サービスの良い店だ」と思わされていた。やはり特殊な出来事なしに、当然の業務だけで、その店の“サービス”を高く評価していたことになる(銀座店だったので接客の質に特に気を遣っているという可能性はある)。

ANAの話に戻すと、乗降であるとか、ドリンクサーブであるとか、そういったちょっとした接触の機会における対応の端々への気遣いこそが、ANAへの高い評価の要因ではないかと推定できる。


大勢の消費者たちの一度きりの機会

ANAとユニクロでは業態も提供しているものも全く違うが、窓口になる社員と、大量の消費者が接触するという点が共通している。客室乗務員は一度のフライトで数百人を担当することになるだろうし、ユニクロ銀座店のレジ担当者は一日に数千人を相手にするだろう。社員にしてみれば、それらは全て名前の無い「消費者」でしかない。
だが消費者側にしてみれば、その会社の担当者と接触するのは通常一回きりだ。その一回を、流れ作業の一部ではなく、自分の為に行われた業務であると感じることこそが、いわゆる“高品位なサービス”の本質なのではないかと考えられる。

「一期一会」という言葉がある。相手と会うのは最初で最後の機会かもしれないから、最大限丁重に扱えという茶事の心得であるが、現代のあらゆる企業に対し、この言葉が示唆することは非常に重要だ。


消費者を“一個人”として扱うという承認

ここでは、消費者が相手から一個人として扱われたか否か、すなわち個人として承認されたか否かを評価の基準にしている。
ANAにしろユニクロにしろ、用いている言葉に違いはあるだろうが、接触の瞬間にお客さまを個人として承認することを目標に訓練を積んでいることは間違いなく、その成果として、消費者はその企業を「サービスが良い」として称賛するのである。


お・も・て・な・しの本質と実現可能性

本論はここからなのだが、2020年のオリンピック招致に際し、滝川クリステル氏が、東京でオリンピック開催した際には、東京は「おもてなし」の精神で選手や観客を迎えるとスピーチした。もてなす精神とはまさしく、迎える相手を集合の一部ではなく一個人として認めることに他ならない。

「もてなす」という言葉に完全に対応する英語表現が無いからこそ、彼女は敢えて日本語の単語を使用した。だが、「もてなす」という言葉の存在が、日本人が「もてなす」ことができる証明にはならないという点は注意する必要がある。

オリンピックには大勢の外国人が日本を訪れるだろう。その時、果たして日本人は、彼らを「たくさん来た外人さん」ではなく、それぞれ一個人として承認する――もてなす――ことができるだろうか?

非難しているわけではないが、「Omotenashi」という語を世界に発信してしまった事実は重い。
前述のANAやユニクロは、普段から大勢の外国人を相手にしているし、普段通りの質で業務を遂行すれば特に問題は無かろうが、2020年には、東京(だけでなく日本中かもしれない)の全てのサービスに「おもてなし」が期待されることは間違いない。

日本に「もてなす」という語があることを誇るのは良いが、その語の意味するところを考え、実践できなくては、世界からHe cries wine, and sells vinegar.(羊頭狗肉)と言われてもおかしくない。